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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)18号 判決

東京都杉並区天沼三丁目二三番一〇号

控訴人

合資会社大鐘不動産

右代表者無限責任社員

小林幸之助

右訴訟代理人弁護士

久能木武四郎

同区天沼三丁目一九番一四号

被控訴人

荻窪税務署長

木下喬

右指定代理人

下元敏晴

石井寛忠

石川新

右当時者間の法人税更正処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人に対し、昭和四二年三月三一日付で控訴人の昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税についてなした所得金額・税額の再更正処分及び昭和四一年六月二九日付と昭和四二年三月三一日付でなした過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額四〇万四九四六円に対応する額を越える部分を取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、原判決一八枚目裏四行目「免かれない。」の次に左記を加える。

何となれば、控訴人は、右一億円のうち一〇〇〇万円を原判決別紙目録(二)の建物(以下「本件建物」という)の取りこわしを前提として昭和三九年一二月二六日に、六〇〇万円を右建物取りこわし当日の昭和四〇年一月一六日に、残余の三〇〇〇万円をその後に、それぞれ株式会社村上商店(以下「村上商店」という)に支払つたものであるところ、もし、建物を取りこわさないで控訴人が使用することになつた場合には、前記規定により一億円を繰延資産として処理すべきであるが、右建物を取りこわしてしまつたので、一億円は、収益と対応関係のない支出又は財産の喪失となり、損金として処理すべきものだからである。

なお、被控訴人は、右一億円が損金であるとすれば、昭和三九年度の損金に算入して申告すべきであると主張するが、前記のとおり、本件建物が昭和四〇年一月一六日に取りこわされると同時に全額損金となるのであるから、昭和四〇年度の損金に算入して申告することは当然である。

二、仮に、右一億円が本件建物の明渡料であると認められないとしても、そのうち一五〇〇万円は右建物の明渡料であり、八五〇〇万円は家具販売業を営む村上商店の営業補償費である。そして、本件建物の前記取りこわしと同時に、右建物明渡料及び営業補償費は、いずれも収益と対応関係のない支出となるから、全額損金として処理すべきものである。

三、仮に、右主張も認められないとした場合、昭和三九年一二月二六日に成立した和解以前における控訴人と村上商店との間には、昭和三四年二月二五日に東京地方裁判所同年(ユ)第一九号調停事件で成立した法律関係(その内容は、原判決一三枚目表八行目以下一四枚目裏三行目までのとおりである。)が存在していたのであり、右法律関係は、前記和解により更改されたと見るべきであるから、控訴人は、前記一億円が右法律関係の終了に伴う支出金であると主張する。ところが、右法律関係の終了により、控訴人は、村上商店より固定資産たる土地及びその上に存する権利(以下「土地等」という)を取得したものではないから、原判決別紙目録(一)の土地(以下「本件土地」という)の価額を増加させることはできない。そして、控訴人が村上商店に支払つた一億円は、右土地をビルデイング建設の敷地として使用する目的だつたので、その支出の効果が支出の日以後一年以上に及ぶことは明らかであり、法人税法施行令第一四条第一項第九号ロの規定により、これを繰延資産として処理するのが適切である。右償却方法につき法人税法に具体的な規定は見当らないが、実情に即し、同法通達第八章第二節の規定に従い償却期間を五年とみるべきである。

なお、法人税法施行令第一二条の規定から見ても、固定資産とは、たな卸資産、有価証券、繰延資産以外の資産のうち同条第一項各号に掲げるものをいうのであるから、土地等についていうと、そのうち繰延資産に該当するものは固定資産にならないのであり、換言すれば、土地等についても繰延資産の存在することが予定されているのである。また、ここにいう土地等が、土地の所有権及び借地権(地上権又は土地の賃借権)を指すものであることは、同令第一三七条ないし第一三九条に土地の帳簿価額の増減に関する規定を置いていることより見て明らかである。したがつて、右以外の土地に関する権利については、固定資産として帳簿に上げ、また、賃貸する側の土地の帳簿価額を減ずる規定がいずれもないのであるから、法人税法は、右権利を繰延資産として処理する趣旨であるものと解される。

もし、右一億円が繰延資産にならないとすれば、少くとも本件建物の取りこわしとともに収益と対応関係のない支出又は財産の喪失となるから、全額損金として処理すべきである。

四、被控訴人は、本件一億円の支出は、土地に対する資本的支出であり、土地の取得価額を構成すると主張するが、同令第一三二条にいう資本的支出とは、土地について言えば、整地代、測量代等直接土地につき物理的影響を及ぼして支出したものを言うのであり、建物の立ちのき及び取りこわしに関して借家権者に金員を支払つた場合は、その支出が土地そのものにつきなされたものではないから、土地の資本的支出とはならないのである。そして、固定資産を取得し事業の用のために要した支出が、固定資産の原価を構成するものとされるか、又は一般の経費として支出の時期の費用に算入されるかは、納税者にとつて重大な影響があるから、いかなる支出を土地の取得価額とするかにつき法人税法に具体的な規定がない以上、減価償却資産の取得価額に関する規定をそのまま土地に準用することは許されない。また、土地について何らの権利も有していない者に会社が金員を支出した場合、同会社が土地の権利を取得することは法理上も事実上も不可能であるから、右金員を土地に対する資本的支出と見ることはできない。

(被控訴人の主張)

一、原判決二五枚目裏四行目「明らかである。」の次に左記を加える。

すなわち、右一億円の支出は、土地及びその上に存する権利の価額を増加させる部分に対応するものであつて、土地に対する資本的支出(法人税法施行令第一三二条第二号)と見るべきである。ところで、法人税法は、土地の取得価額に関し、いかなる支出をこれに算入するかにつき具体的な規定を置いてはいないけれども、減価償却資産の取得価額につき定められた同法施行令第五四条、第五五条の規定が、減価償却資産以外の固定資産の取得価額にも準用されるべきものと解されている。そこで、減価償却資産でない土地の取得価額は、それ自体の対価のみに限られず、取得に際して支払う付随費用あるいは取得後に支出される資本的支出等の額も、これに算入されるべきものである。

二、仮に、控訴人主張のとおり、本件一億円が本件建物の明渡料であり、右建物の取りこわしにより収益と対応関係のない支出又は財産の喪失として損金に該当するとしても、右損金額は、一億円の債務確定時期として控訴人も自認する和解成立の日(昭和三九年一二月二六日)の属する事業年度すなわち係争事業年度の前事業年度の損金に算入されるものであるから、控訴人が、係争事業年度において右一億円を繰延資産として経理し、その五分の一に該る二〇〇〇万円を当期の償却費として損金に算入し申告したこと自体、所得の過少申告であつたことを控訴人自ら認めるものにほかならない。

三、控訴人の主張二の事実は否認する。

四、控訴人の主張三は争う。右主張の調停に基く法律関係の終了とは、同条項の第三項所定のビルデイングを控訴人が建築した際に地上一階全部の賃借権及び地下一階全部の所有権を村上商店に取得させる旨の控訴人の村上商店に対する負担を脱することを意味し、その代償として本件一億円が支出されたのであつて、右支出により本件土地の効用が増加し、その価額も高められたことは明らかであるから、前記一のとおり、右一億円は本件土地の取得価額に加算されるべきものである。

五、控訴人は、法人税法施行令第一二条の解釈上、資産である土地等についてはたな卸資産が存在するように繰延資産も存する旨主張するが、同条は、その各号に掲げる資産のすべてにつきたな卸資産性、有価証券性、繰延資産性が存在することを予定しているものではなく、さらに、次の理由によつても、右主張は理由がない。

すなわち、法人の支出が法人の費用(損金)を形成してゆく態様を大別すれば、その支出が減価償却資産の取得価額を構成し、その取得価額を基礎とした減価償却手続を経て減価償却費として相当長期にわたり費用化されるものと、その支出が、一般管理費、販売費等として支出の行なわれた事業年度において損金の額に算入されるものとがある。繰延資産となる支出は、いわばこの両者の中間にあるのであつて、(イ)その支出が、当期の収益に全く貢献せず、むしろ、次期以降の損益に関係するものと予測される場合には、収益との対応関係を重視し数期間の費用としてこれを配分するものとし、(ロ)その支出の効果が、当期のみならず次期以降にわたるものと予測される場合には、効果の発現という事実を重視し、効果の及ぶ期間にわたる費用としてこれを配分するため、その支出を資産として計上し、その支出によつて影響される収益の計上されるべき期間又はその支出の効果が及ぶべき期間の収益に合理的に費用の配分を行なうものである。したがつて、繰延資産となる支出は、資産に計上されてはいるが、その支出自体が資産に転化するものではないのであつて、繰延資産の範囲を定めた同法施行令第一四条第一項の規定からも、およそ資産の取得に要した金額とされるべき費用は繰延資産とならないことが明らかである。

ところで、土地等を賃借し又は使用するために支出する権利金、立ちのき料その他の費用が、同条第一項第九号ロの規定により繰延資産となるか否かを検討すると、土地の賃借権又は使用権は、契約又は設定行為の内容により、多少の強弱はあるが、現在では、その権利は一般に実質的資産と認識されているところであり、その点で、資産性を有しない繰延資産とは性質を異にするものであり、法人税法も、土地の上に存する権利は土地に含まれると規定し(同法施行令第一二条第一号)、右権利が資産であることを明らかにしている。したがつて、土地の賃借権又は使用権を取得するために支出する権利金、立ちのき料その他の費用は、当然に当該賃借権又は使用権の取得に要した費用となるのであり、繰延資産となる余地は全くないのである。同様に、他人に賃貸し又は使用させていた土地につき、その賃借権又は使用権を消滅させるために支出した立ちのき料その他の費用も、他人の有していた土地の上に存する権利を自己のものとするために支出したものであるから、土地の取得価額とされるのであつて、繰延資産となる余地は全くないのである。

また、控訴人は、同法施行令第一三七条ないし第一三九条の規定から、同法にいう土地等とは、土地の所有権及び借地権に限定されるように主張するが、ここにいう土地とは、土地の所有権を示し、土地の上に存する権利とは、所有権者以外の者が土地をその本来の用途のために使用する権利であり、民法上の地上権、永小作権、地役権、賃借権等を含む広い概念である。右施行令第一三七条ないし第一三九条の規定は、借地権等の設定に伴う対価の収受につきいかなる場合に課税するかの原則を定めるとともに、借地権等の設定に伴い当該地価が著しく低下する場合にかぎり帳簿価額の一部を損金に算入することにつき規定しているものであつて、一般的に土地の上に存する権利の範囲を限定するものではなく、また、借地権等を設定したからと言つて、そのすべての場合に当該土地の価額の減額を認めているものでもないのである。

控訴人は、借地権以外の土地に関する権利につき、法人税法上、固定資産として帳簿に上げるべき規定及び当該土地の帳簿価額を減額すべき規定が存しないことから見ても、同法は右権利を繰延資産とすることを認めている旨主張するが、前記一のとおり、土地に対する資本的支出とみるべきものは、土地の取得価額に算入されると解すべきであり、したがつて、これは繰延資産となり得ないのである。

(証拠)

控訴代理人は、甲第四二号証を提出し、当審における証人松永光の証言及び控訴会社代表者の尋問結果を援用した上、乙第一二号証の成立を認めた。

被控訴代理人は、乙第一二号証を提出し、甲第四二号証の成立を認めた。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決の理由説示と同一(ただし、原判決三〇枚目表八行目に「焼失して」とあるのを「焼失した」と改める。)であるから、これを引用する。

一、原判決三〇枚目表三行目「柴田勝」の次に「、当審証人松永光」を加え、同四行目に「第一、二回」とあるのを「原審第一・二回及び当審」と改め、三三枚目裏八行目「幸之助」の次に「(原審第一・二回)」を加える。

二、同三五枚目裏八行目以下三六枚目表四行目までを次のとおり改める。

したがつて、右一億円は、本件建物の立ちのき料でもなければ、村上商店の営業補償費でもなく、前記のとおり、村上商店が本件土地の借地権を有するか否かに関する同商店と控訴人との多年にわたる紛争を解決し右借地権(昭和三四年二月二五日の調停で村上商店が取得することとされた新築予定のビルデイングの地上一階全部の賃借権及び地下一階の所有権は、右借地権が形を変えたものと解すべきである。)を消滅させるためにこれを控訴人が同商店から取得することの対価として支出されたものであるから、結局、本件土地の価額を増加させる部分に対応する支出であつて右土地の取得価額を構成するものというべく、控訴人が主張するようにこれを繰延資産又は損金と解する余地はない。このことは、減価償却資産の取得価額につき定められた法人税法施行令第五五条、第五四条(昭和四二年政令第一〇六号及び昭和四三年政令第九六号による改正前のもの)、第一三二条第二号の規定に照らしても明らかなところである。

なお、控訴人は、右一億円が本件建物の立ちのき料であると主張するけれども、前記のとおり、控訴人は、昭和三九年一二月二六日の和解において、本件土地を含む土地の上に将来ビルデイングを建設する目的のため、本件土地上にある本件建物の取りこわしを前提として、右建物の占有者である村上商店にその明渡を約させたのである。したがつて、右一億円は、控訴人が、本件建物を使用するためにではなく、本件土地を有効に使用するために支出したこととなるから、前同様、右土地の価額を増加させる部分に対応する支出としてその取得価額を構成するものというべきである。

以上の次第で、右一億円は、法人税法第二条第二三号、同法施行令第一二条第一号に規定する土地の取得価額を構成すべき費用に該当するものというべきであるから、本件再更正処分には控訴人主張のごとき瑕疵はなく、控訴人の右主張は採用できない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宍戸清七 裁判官 大前和俊)

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